リサーチを見えなくしているもの−基礎の確認


堀 啓造(香川大学経済学部)
1999/06/15

宣伝会議 1999年8月号 p50 初稿版
少し長かったこともあったので,だいぶカットされてしまった.初稿版を掲載する.
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《調査対象(母集団)を明確にする》

 調査をするときには調査対象(母集団)を明確にする必要がある。その点で,「消費者」といわずに「生活者」という傾向がマーケティングの世界にあるのはおかしい。「消費者」はある製品またはサービスの使用者かまだ使用していないが潜在的使用者を意味する。「生活者」は製品やサービスを使用するかしないかまったく関係のない概念である。生活者にはさまざまな意味に使われている(天野正子著『「生活者」とはだれか』中公新書,1996)。私のホームページ(http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~hori/yomimono/seikatsusha.html)でも天野の本と追加データをもとに考察しているので本稿において触れていない点を含め参考にしてほしい。「生活者」という曖昧な言葉は調査費用をぶんどるのにはいいかもしれないが,調査がいい加減であることを表明しているようなものである。顧客という概念は「消費者」よりも限定した概念である。すでに製品を購買していることを意味しているか,何度も購入する人ということを含意している。従来から使用されているヘビーユーザ,ライトユーザ,ノンユーザなどを含め調査対象がなんであるか,製品,サービスをめぐってきちんと考えるのはまず最初にすべきことである。

 調査をするとき対象を漠然と考えてはいけない。ライフスタイル論が大きな影響を持ってから,年齢などはあまり意味のないようなもののように考える向きもある。たしかに昔のように年齢が規定している部分は大きくはない。しかし,高校生と40代のものが同じになるだろうか。単純なライフスタイル論はおおかた嘘である。ある程度,年齢や世代を考慮する必要がある。プロトタイプ(原型)または代表例として考えるとき,本人の年齢や子供の年齢を考慮しないで消費者像を描くのは無理がある。年齢を考慮したプロトタイプをまず考えると,もっとよく消費者が見えるはずである。

《自分の意識がわかると考えてはいけない》

 心理学では昔から自分の意識の報告をそれほど信用していない。行動主義で極端化しているが,基本的には場面のコントロール(実験条件,統制条件)とそれに対する反応パタンによって研究するほうが確かであると考える。

 何かの行動または操作しているときに声を出してどんどん自分の今の考え(意識)を実況中継するという研究法がある。認知科学で一時はやったプロトコール法である。しかし,日本人はあまり考えているときにそのことをしゃべるということはしないので失敗することが多い。ただし,被験者を選べばこのような方法でもうまくいくことがある。今している行動でもうまく報告できないものが,果たして自分の過去について正しく報告できるのであろうか? 記憶研究では記憶は過去の再生ではなく,再構成であることが広く知られている。記憶を事実に対応させることができる場合,間違いかどうかはっきりわかる。

 では意見は果たして信用できるのか。意見は本人が思っているものまたは考えたものだから間違うはずないと考えるのは大きな間違いである。コカコーラが味を変えたときの有名な失敗にあるように,このように単純な意見表明でさえ信用できるかどうかわからないのである。パッカード『かくれた説得者』(ダイヤモンド,)にあるように,自分がなにに影響されて行動しているのか内省できないばかりでなく,もっともに思える理由をつけている。このことは感情の帰属理論の実験からもよく知られている事実である。

《よりよいリサーチにするためには》

 ライフスタイルとはもともと行動に関したもので,時間とお金をどう配分しているかを調べるものである。時間とお金の配分を本人の記憶から再構成してもらうように質問している。そのためには不良定義問題や意味のほとんどない質問にならないように十分注意する。「この1週間に缶ビールを飲みましたか」というように期間を限定することは当然のことである。調査用紙作成者なら誰でも知っていることであるが,調査は素人でもできると考える会社もあるようなのであえて書いておく。

 本当の考えや意見,態度を引き出すには,安易な調査では引き出すことはできない。工夫を十分にした実験が必要なのである。もちろん,最初の仮説を引き出すのに調査をすることは重要だし,単なる調査でいいこともたくさんある。しかし,微妙な問題に関しては単純な調査ではだめである。調査や実験であっても,知的努力なしに真実(!?)に近づくことができると考えるのは甘い。

 因子分析など,調査データを分析する手法が発展している。構造方程式モデリング(SEM,日本では共分散構造分析と呼ばれることも多い)のように精緻な方法も開発されている。このような手法も「くずをいれればくずがでてくる」である。しかも,人間はくずでも解釈できるのである。でてきたものがくずでない保証はほとんどないが,少なくとも調査の前に十分な考察が必要である。つまり,リサーチ前に考えた理論・仮説とでてきた結果をつきあわせることが肝要である。事後の考察は単なる仮説である。

《大胆な仮説づくりと工夫をこらした検証》

 広告のコンセプト作りやマーケティングのためには確実性よりも大胆な仮説をつくることが重要であろう。このときに特にその方面に高感度な人たちの集団面接によって仮説を作ったり,今考えている仮説をチェックすることは重要である。仮説を作るための調査・実験と検証するための調査・実験はタイプの違うものと考えるべきである。仮説をつくったあとで,検証のための調査・実験を行うことも忘れてはならない。

《比較する:後記 2000/7/1》

上記の考察は限られた紙面に合わせるものであった。実際には,後で最初の企画より長くしたいので,伸ばしてくれと言われたのだが,他の原稿との関係で応じられないと拒否したのだった。

そのため,重要なことを一つ省いている。それは比較することだ。男女で違うという意味があるのかないのかわからにことでもいい。年齢・地域・学歴によって違うとか,そういうフェイス項目でも比較したいことはいろいろある。

本当は,その変数への反応のしかたを区別する本質的な変数は何か仮説を持つことである。いわゆる従属変数と独立変数の考えかたである。

そこまでいかなくても,前の研究との比較なども重要なことである。マーケティングは時代による変化に敏感でなければいけないし,間違っている可能性は高いが,傾向を外挿してみることも重要である。

仮説をたて,比較し,間違ってみることが思考を鍛えていく。

Kagawa University Faculty of Economics Keizo Hori(home page)
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